(6月4週)命の主神様の働き

<2024年6月16日主日>
【1.神様はその都度与えるべきものをすべて与え
御心をすべて成してこられた
2.分かってこそ通じる。行なってこそ目が開かれる】
今回は命を救われた経緯を紹介したいと思います。
信仰を持つ前にも持った後にも何度か命を救われたことがあります。
伝えて下さる先生もベトナム戦争に行かれたことがあり、その時に命を救われたことが何度もあるそうです。今週の中でも、
「戦場で敵が設置した手榴弾のことを知らずに拾ったとき、手榴弾が爆発する前に神様が先生の首の後ろを棒で叩いて、手榴弾を捨てて命が助かりました。その手榴弾は持ち上げたら4秒のうちに爆発するものでした。その時神様に叩かれたことが恵みです。叩かれなかったなら、すでに装置されていた手榴弾が爆発して、粉々になって、その場で死んだことでしょう。
このように私たちが知らずに行なって死にそうになったとき、神様は患難やさまざまな思ってもいなかったことで苦痛を与えて救う時もあります。」
と教えて下さいました。壮絶すぎてこの後の自分の話が霞んでしまいますね(笑)
なので、さらっと自分の話を紹介して終わろうと思います。
高校生の時に、横断歩道を横断中に車が来て、「危ない!」という通行人の方の声を聞いて立ち止まらなければ、ひかれていました。車は結構なスピードでした。
立ち止まったと書きましたが、正確には誰かに首根っこを掴まれたように身体が静止しました。
今になっては、神様が止まるように人を通して声を出させ、また私の首根っこを掴んで下さったのだなと思います。神様に感謝します。
<今週のアーメン>
分かってこそ、自分も喜んで、全能者神様と聖霊に正しく接し、愛し合って、患難の中でも喜んで熱心にやるようになります。
0.聖書を学ぶまでの自分
~信仰を持つまでの物語~
今回は聖書を学ぶまでの自分はどんな人間だったか簡単に振り返ってみます。
中学まで~一度の家出から得たもの~
塾と部活に明け暮れた学生生活でした。
色んな習い事を経験させてもらったおかげもあり、ある程度何でもできた反面、色んなことに興味を持つ人だった。
人の座右の銘を聞くのが好きで、色んな大人に聞きまくっていた(笑)
そんな時代、一度だけ家出を試みたことがある。
何かで親と対立して、もう家を出て一人で生きていくことを決意して、家を出たことがあった。
近くの公園で今後どうしようか考えると、考えれば考える程、自分一人では解決できない問題が沢山立ちはだかってきた。
経済・お金・仕事の問題。住居の問題。等々。。
自分が一人では生きられないことを強く実感して、泣く泣く家に謝りに行った記憶がおぼろげにある。
高校時代~哲学者へのあこがれ~
第1希望の高校にも進学出来て、順風満帆なはずだが、何か満足できなくて、自分を満たすものを探していた。
哲学者の「生きるとはどういうことか」という本質的な問題から逃げずに追及している姿勢に感銘を受けて、哲学者になりたいと思って、文系を選択しようとしたが、周りからの説得もあり、理系を選択する。
お金も名誉も地位も手に入れてみたいと思っており、その理由がそれらが自分を必ずしも幸せにするものではないと証明したかったからだった。




